正常性バイアスとは?
正常性バイアスとは、危機が迫っているという情報を得ながら、個人的な先入観などで平時であると受け止めてしまう人間の心理をいいます。『恒常性バイアス』、『正常化の偏見』などとも呼ばれます。
あくまで人間の心理であって、正常性バイアスという病気に罹っている訳ではありません。また、どんな人にも起こることで無意識のうちに行動しています。
例えば、津波や大雨などの警報が発表されているにもかかわらず、「海岸からだいぶ離れてるし津波はここまでこない」「雨はすぐにやむから大丈夫」など特に根拠もなく防災につながる行動を取らず、結果として避難が遅れて被災してしまうようなケースです。
なぜ正常性バイアスがおきるのか?
正常性バイアスがおきる理由は、人が1つ1つの物事に対して過剰に反応すると心が疲れてしまうためです。心の保護機能が働いているからとも言えます。
野生動物のようにいつ他の動物に襲われるかわからない環境では、わずかな振動や匂いに全力で反応する必要があるでしょうが、人間社会でもそのままではストレスだらけの生活になってしまいます。
事故や災害が起きなければ穏やかに過ごせるわけですが、いざ災害が起きてしまうと『緊急事態』という状況に心の切り替えが追いつかず、自ら状況を悪化させかねない事になってしまいます。
防災への関心度が高くても安心できない
人は年齢を重ねて様々な経験を積んでいく訳ですが、それと同時に、先入観も一緒に積み込んでしまいがちです。
例えば、豪雨が発生したら避難していたのに、いつのまにか慣れてしまい「この雨ならいつも川が少し増水する程度だ」「雨は強いけど、避難するほどでもないな」と、勝手に災害の被害の度合いを見積もって、避難するかどうかを見極め事につながります。
避難して災害が発生すると「やっぱり避難して正解だった」と感じますし、災害が発生しないと「ほら、また空振りじゃん!」と、災害が起こらなくて避難行動を手間に感じやすくなります(本来は被災しなかった事を良かったとすべきですが)。
正常性バイアスへの対策方法について
災害時は正常性バイアスだけでなく同調性バイアスや凍りつき症候群なども巻き起こり、意識的にトレーニングしていかなければ対策は困難です。
正常性バイアスの対策方法として、公益財団法人 大原記念労働科学研究所 地域・職域における自然災害対策(※PDF)を参考に下記がポイントとなるかと思います。
- 正常性バイアスなどの認識の偏りを知る
- 防災・減災に関する予備知識を身につける
- 関係者と共にバックアッププランを確認していく
- 災害や事故を想定した訓練を実施する
- 訓練を繰り返し実践し、身体が自然に動くようにする
正常性バイアスなどの認識の偏りを知る
正常性バイアス以外にも、人には様々な認識の偏りがあることを知っておきましょう。
大勢の人々の行動によって自分の行動も影響される同調性バイアスと呼ばれる心理も、正常性バイアスが働くようなシーンで起きやすく注意が必要です。
例えば、普段は他人の意見に簡単に流されないと自負していても、非常時に大勢の人がゆっくりと落ち着いている状況を目にしていたら「自分だけ取り乱しているようで恥ずかしい」「みんな避難しないし、大した災害ではないのだろう」といった認識の偏りが出てきます。
非常時に「そういえば、正常性バイアスって言葉を聞いたことがあるな・・・」と、思い出せるようにしておくだけでも正常性バイアスから抜け出す一歩となります。
防災・減災に取り組んでいくにあたって、防災グッズの購入や避難マニュアルの作成といったわかりやすいものもありますが、そういった災害への備えを無駄にしないためにも、認識の偏りによって悪影響を受けにくくしていく事が重要です。
防災・減災に関する予備知識を身につける
前述の論文にて、大学生へ避難所のアイコン(ピクトグラム)の意味を問う調査でさえ、「避難所」と正しく回答できた方の割合は15%でした。
地図のアイコンや看板には避難所と併記はされていますが、市民の頭の中にあるイラストと避難所という意味がリンクしていなかったとも言えます。
このように、防災に関する看板や標識1つとっても予備知識がなければ、視界に入っても『関係ないもの』として見落とす可能性が高くなります。
市役所からハザードマップを手に入れても、自宅の危険性がよくわからなければせっかくの有用な情報も良い判断に結びつきません。
災害時は平時のようにゆっくり考えてられない事が多い
災害時の初動は特に素早い判断・行動が求められます。そして、人は迷ったとき『いつものやり方』に頼ってしまいがちです。
避難経路1つとっても、いつもの道路が安全とは限りません。なぜなら、いつもの道は『平時においては、単に最短ルートなだけだった・・・』という場合があるからです。
いつものやり方に頼るのは経験も積んで失敗しにくい妥当な判断となりますが、非常時だとその前提条件が大きくかわってきます。
関係者と共にバックアッププランを確認していく
災害時、下記のような状況に直面したらどうされますか?
- インターネットに接続ができなくなった
- 防災用のスマホアプリが利用者殺到で動かない
- スマートフォンが壊れてしまった
- 避難先への道路が通行止めになった
- 避難先が満員で入れなくなってしまった
- 避難中に家族とはぐれてしまった
- 避難生活中に食中毒で体調を崩してしまった
- 夏場の被災で気温が上昇、しかも停電となった
- トイレへ行きたいが、トイレがどこも使えない
- 持病の悪化で医薬品の在庫が尽きそうになった
- 家族と連絡が取れなくなった
- 家族がケガをしてしまった
- 通学や通勤の被災で帰宅困難者になってしまった
災害時、情報収集や連絡手段としてスマートフォンは非常に便利ですが、使えなくなった場合のアクションは決まっているでしょうか?
バックアッププラン(プランB、代替案)がない場合、その場の限られた情報で難しい判断を迫られてしまう場合があります。
災害時にすべてを想定することは難しいですが、被災された方の証言や災害の記録映像などを参考に、関係者と様々な非常時のシナリオに対抗できるようバックアッププランを確認していきましょう。
数多くの危機シミュレーションをこなすほど、災害時の対応に余裕を生むことができ、適切な判断や行動をとりやすくなります。
災害や事故を想定した訓練を実施する
防災グッズを買い込んだ後に起きがちですが、防災グッズを買ったあと、中にはいっている道具を十分に使いこなせるでしょうか?内容や在庫は十分でしょうか?
- 防災グッズはあるけど使いこなせない
- 防災グッズを買い込んでいたが重くて歩きにくい
- 防寒具を用意したが、効果が薄くて寒すぎた
- サバイバルナイフを使ったらケガをした
- 懐中電灯をつけようとしたが、電池切れだった
- ラジオはあったが壊れて使えなくなっていた
- 降雨のため、濡れながらの避難先へと移動した
前述のように防災に関する予備知識を身に着け、関係者と共にバックアッププランを含めた避難計画を立てても、いざ実践してみると計画通りに行かないのはよくある事です。
防災訓練としてのテント泊はキャンプしてバーベキューするために行くのではなく、避難計画の範囲内の道具でどれだけスムーズに事を進められるか確認し、必要なもの・省けるものなど、気づいた点をどんどん記録して改善へつなげていきましょう。
訓練を繰り返し実践し、身体が自然に動くようにする
訓練の内容を効果的に発揮できるようにするには、繰り返し実践して身体が覚えるようにしていく必要があります。
代表的な実例としては、釜石の奇跡と称された鵜住居小学校の津波避難でしょう。こちらは下記のページでも内容をまとめていますのでご確認ください。
家事、趣味、勉強、仕事・・・、何でも練習を積み重ねて上手くなっていくのと同じで、正常性バイアスの対策も同様に取り組んでいくことで活路を開くことが出来ます。
災害や事故が起きたときの行動を身体に染み込ませておくことで、これまでの一連の活動が自然と行動に行動へ反映されていきます。
災害や事故の発生時『避難行動は当たり前』と感じるようになれば、正常性バイアスを対策できたと言えるのかもしれません。
他者の正常性バイアスを解く方法はあるか?
自分自身の正常性バイアスを対策していかねばならない中、家族や友人など他者の正常性バイアスを解くには、独立行政法人 国民生活センター 地域防災(※PDF)の『複数の手段で伝える』が1つの方法となります。
例えば、雨の降り方がいつもと違うなあと感じている人に、テレビやラジオが「避難勧告」が出たことを知らせ、“エッ”と驚いているところへ防災行政無線や広報車が避難を呼び掛け、携帯やスマホに「災害・避難情報」のメールが届き、“どうしよう”と思っているところへ、自主防災組織の人がドアをノックして「一緒に逃げましょう」と言ってくれ、ようやく避難るのです。災害情報で避難を進めるためには、情報を複数の手段で、繰り返し伝える必要があるのです。
独立行政法人 国民生活センター 地域防災(※PDF)
呼びかける人の性格、周辺環境、防災への意識度合いなどで正常性バイアスの解きやすさは変わってくるでしょうが、色んな角度からの情報・表現は良い刺激になります。
人に行動を促すにあたって、同じ言葉・表現を何度も伝えても効果は薄くなります。これは誰しも幼少の頃から経験があるのではないでしょうか?
例えば、親から「勉強しなさい」「早く寝なさい」「荷物を片付けなさい」と連呼されても、どんな時でも、すぐ行動に繋がった方は少ないでしょう。
ただし、呼びかけ自体に手間取って全員が避難ができなくなっては本末転倒なので、避難する時になってお互いがバラバラの意見にならないよう、事前に防災・減災について話し合っておくことが大切です。