防災・減災ガイド

津波シェルターや津波避難タワーの問題点とは?津波到達時間が短すぎる地域の対策について

津波の避難が間に合わない地域の津波対策

下記ページでも触れていますが、南海トラフ地震の津波到達時間が極めて短いことが被害想定で明らかになっています。

南海トラフ地震の津波が最短2分で到達!有効な津波対策としてどんな備えができるのか? 南海トラフ地震による津波の到達時間 下記の表は内閣府 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ『都府県別市町村別津波到達時間...

最短で2分ともされる津波到達時間では避難が間に合わない地域が出てしまうため、津波避難タワーと組み合わせて津波シェルターや津波救命艇と組み合わせて津波対策をする自治体も見られるようになりました。

東日本大震災の津波と比較しても、はるかに早く到達する被害予測となっています。

東日本大震災の発生が14時46分、岩手県大船渡に3mの津波が到達したのが15時14分と記録されており、津波の到達は地震発生から28分後でした。
気象庁 東北地方太平洋沖地震による津波被害を踏まえた津波警報の改善の方向性について(※PDF)

下記は経済産業省 中国経済産業局が紹介している自由降下式救命艇を応用した津波対応避難シェルターの一例。『自由降下式救命艇』とは大型の船舶に見られる避難用の設備です。

こういった津波対策シェルターは市民向けにも販売されており、3~4人の家族用ならば100~300万円ほどで導入が可能となっています。

また、津波シェルターや津波救命艇の普及にともない、国土交通省では『津波救命艇ガイドラインにて機能・要件・運用方法等を公開されるようにもなりました。

そもそも津波の到達時間を遅らせる事はできるか?

国土交通省 港湾施設等の津波に対する効果(※PDF)によれば、東日本大震災後の検証で、津波防波堤を設置していった事で、岩手県の釜石港ならば防潮堤を超えるまでの時間を延ばしたり、津波高・遡上高を低くすることが出来たとされています。

ANNが報じた千葉県銚子市の事例でも、複数設置された防波堤により津波の力を弱めていくことが出来たと千葉科学大学 危機管理学部 室井房治氏が触れていました。

とはいえ、これは国や自治体レベルで取り組む大規模な津波対策になりますので、同規模の対策が進められているのかはお住まいの地域によって差はでてくるでしょう

津波シェルターの問題点とは?

津波到達時間が短すぎる地域にとっては、

  • 小型のため敷地を圧迫しにくい
  • 個人や一般企業の予算でも設置が可能
  • 身の回りに避難先を創り出すことができる
  • 想定よりも高い津波でも対応できる

といった点で津波対策の候補としてのメリットは大きいものがあります。しかし、津波シェルターで津波対策は万全か?というとそうでもなく、やはり問題点は出てきます。

家族全員が素早く行動できるのか?

4人家族だったとしたら、4人の津波シェルターへの移動と扉の閉鎖・シートベルト装着など一連の動作を必要とします。ケガなどをすれば1階分の移動でも時間が掛かります。

津波到達の時間が迫っているとわかっていても、行動が遅れている家族はいないか安否確認もしたくなるでしょう

津波シェルターへの移動距離を短縮するために主要な部屋にシェルターを設置すると、その分、コストや設置面積も大きくなってきます。

また、震度5~7といった大きな揺れを経験された方なら実感されると思いますが、程度こそ差あれども、パニックやショック状態に陥ってすぐに行動に移せないこともあります。

津波シェルターにスムーズにたどり着けるか?

自宅が全壊はしなくても、地震の揺れによってドア枠が歪むとドアが開かなくなります。

また、家具の固定や部屋の整理整頓がきっちり行われていないと、家具の飛び出しや食器などが床へ散乱して障害物だらけの部屋となり、避難のさまたげになります。

自宅の耐震化を進めるにしても、津波シェルターが十分に運用できる予算を確保できるのかどうかも課題となってきます。

津波シェルターを屋外に設置する場合でも、自宅から脱出できるのかどうか?シェルター出入り口が倒壊したブロック塀でさえぎってしまわないか?こういった要因を1つ1つ解決していく必要があります。

通勤や通学など外出時はどう対策するか?

生活圏は人それぞれ異なりますので津波シェルターに限った話ではありませんが、外出時の被災だと自宅にある津波シェルターへは避難できません

1日24時間のうち自宅に12時間いる場合は、半分の時間を避難先として津波シェルターが担ってくれるわけですが、もう半分は外出先となります。

津波シェルターを導入すると安心感が強まりますが、その安心が途切れるタイミングを補うべく、別途、避難計画を立てておく必要があります。

扉の閉鎖を完璧に操作できるか?

「いやいや、普通に扉を閉めたら良いじゃん?」と思いそうですが、1人でも多くの避難者を津波シェルター内に入れたいと思う状況です。

津波シェルター近くまで津波が見えつつも最終避難者が走り込んでくれば、「扉の閉鎖しないと間に合わなくなるのか、逆に開けても間に合っていて救えるのか・・・」というギリギリの選択を迫られます。

特に事業所への設置では、従業員のほか、取引先、一般消費者などの来訪者も避難先を探そうと混乱しているはずで、津波シェルターが定員分だけあるのか?避難者が想定以上に殺到したらどうなるか?様々な被災シナリオが考えられます。

また、津波シェルターへ続々と避難者が乗り込んでいる最中に、強い余震や津波により建物が傾きだしてシェルターを設置してる架台ごと動くような事があれば、扉の操作はより難しくなってくるでしょう。

漂流時の衝突に避難者が耐えられるのか?

東日本大震災における津波の伝播特性の評価と避難の問題点(※PDF)の計測結果や気象庁の案内を参考に、津波の流速は時速30~40kmに達します。

仮に、津波シェルターが津波とともに時速30~40kmで漂流して壁や建物へ衝突した場合、交通事故レベルのことがシェルター内で起きてしまいます

上記は自転車講習の一環で時速40kmで衝突した際の様子の記録映像となりますが、ちょうどこれくらいの衝撃が加わる事がイメージできると思います。

現在、国土交通省のガイドラインでは下記のように基準が設けられています。

強度設計と許容加速度
許容加速度は、本体に作用する最大加速度と避難者に作用する加速度に分けられる。10m/s での正面衝突において、本体に作用する最大加速度は、15G(G:重力加速度)以下とし、避難者に対してはHPCが1,000以下であること。
国土交通省海事局 津波救命艇ガイドライン 平成29年7月改正(※PDF)

漂流時の衝突に備え、津波救命艇の中には衝撃吸収用のバンパーを大きく増強されたものも見られます。逆にシートベルト、ヘッドレスト、バンパー、緩衝材などの設備が何もないタイプは漂流時の衝突対策に手薄で導入時の不安材料となります。

上記は海上保安庁が撮影された記録映像で、岩手県釜石市に津波が押し寄せたあとの『引き波』の様子です。

強烈な引き波は海底が見え、遠景にある桟橋の根本(動画内の2分55秒)もハッキリわかるほどのレベルです。引き波のせいで街から滝が流れ出るような状況になっていますが、もし、浮体式の津波シェルターであればこの流れにのって漂流することもあるでしょう。

沖へと流された場合は、この滝から流れ落ちる時のような衝撃でも、避難者が無事で居られるよう津波シェルター内部の安全装置が重要になってくるといえます。

長期的な運用を見据えた製品であるかどうか?

船舶に設置される救命艇の場合は定期的なメンテナンスがあり、例えば5年ごとにオーバーホールや過負荷作動試験などを実施して製品品質を維持しています。

津波救命艇や類似する材質の津波シェルターは過酷な外洋に揉まれながら運用している訳ではありませんが、経年劣化はどうしても発生します

被害想定に見合った製品選定も重要ですが、災害発生時に避難先として発揮できなければ導入した意味がありません。

定期的にメンテナンスして補強するのか、または耐久性を維持するために買い換える必要がでるのか・・・、長期的な運用方針について納得できるメーカーに相談しましょう。

ニュースなどで「南海トラフ巨大地震は今後40年間に9割の確率で・・・」と報じられますが、製品サポートも同レベルの期間を見据える必要があります

特にメーカーが「防災事業を今年から始めてみました!」みたいな緩い意識ですと、企業側が不採算事業に直面すると早々に撤退してしまう可能性が高まります。

企業が防災事業に対して「これは当社がやるべき事業だ」と意義をもって取り組んでいるかも大事になってくるでしょう。

人工高台や津波避難タワーではダメなのか?

階段を駆け上がる身体能力を発揮できるか?

津波到達時間に余裕があれば人工高台や津波避難タワーは避難先の候補になると思います。

本ページではその余裕がない方はどうするか?がテーマな訳ですが、その実現には垂直避難できる力を相当頑張って身につけないと避難途中で被災してしまいます

上記は京都駅を舞台としたビルの7階分、171段を駆け上がる大会です。

競技参加者のタイムは20~30秒というレベルだったので、これくらい健脚ならば自宅近くの津波避難タワーまで現実的な避難先として行動を試みる事は可能でしょう。

階段の駆け上がりは運動の強度としてもかなり高いほうに分類され、若くても2~3階を駆け上がるような事をすれば動けなくなるほど消耗する方もいます。

当然、避難行動自体に支援を必要とする高齢者、幼児、妊婦、傷病者にとっては『避難場所はあるがたどり着けない』となり、実現性に欠ける避難計画となってしまいます。

就寝中や夜間の被災で素早い行動は可能か?

震災時は停電も発生します。

下記は2021年2月に発生した地震による停電の記録映像で、津波こそ発生しなかったものの停電により多くの街明かりが消え、車のヘッドライトだけ強く灯っている状態が見て取れます。市街地でも停電になれば真っ暗です

こういった夜間であれば足元も暗く避難スピードは低下しますし、就寝中だったり、天候や雨や雪だった場合でも避難に時間を要します。

津波到達時間が短い地域だと、入浴中から避難するために服をサッと着替えるだけでもタイムロスになってきます。

津波避難タワーの設置本数は足りているのか?

人口密度によっては避難経路が大渋滞を起こしたり、津波避難タワー自体が遠すぎて避難先の候補に出来ない場合があります。

下記は2022年1月、日本から8,000km離れたトンガの沖合で発生した海底火山の大規模噴火で日本にも津波警報が出された時の記録映像です。高台へ避難を試みようとしたものの、大渋滞を起こし、オートバイの通行もできなくなりました。

津波避難タワーは近くに避難先がなくても、後から垂直避難先を創り出すことができる津波対策ですが、街の人口密度、周知具合(市民がそもそも知ってるのか)、タワーまでの経路バランス、地域あたりの設置数など様々な要因で活かしにくくもなります。

津波到達時間が短いのであればタワーの設置本数が多いにこしたことはないのですが、1基あたりのコストが億単位のため拡充しにくい問題もあります。

70万人が居住する静岡市でも、沿岸部の津波避難タワー設置(19基)には東日本大震災から9年かかりました。

想定以上の津波にはどう対応していけば良いか?

津波の高さが想定の高さに必ず収まるとは限りません。

これを書いてしまうと、どこまで想定するのかキリがないのですが、宮城県の南三陸町防災対策庁舎の一件では「あと1~2階あれば・・・」と、惜しむ結果となりました。

こういった事態を避けるため、津波避難タワーの最上部に津波シェルターを設置して避難設備を組み合わせている地域もあります。

東日本大震災でも新しい耐震基準を満たした鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)の建物は、数多く津波に耐えた実績もあり、津波対策を意識した新しめのマンションならば避難先として有利といえるかもしれません(※3階に届きそうなら4~5階へと移動が可能)。

鉄筋コンクリート造(RC造)でも津波避難ビルとして選定されることはありますが、日本経済新聞 大津波で鉄筋コンクリート造の建物が横転した理由 のように、津波の被害に遭うことを前提に設計されていなければ、建物がまるごと流されることさえあります。

避難行動要支援者の津波対策はどうするか?

津波避難タワーにしても、どんな形状のシェルターでも、その運用面においては一長一短だと感じた方も多いのではないでしょうか。

今回、津波到達時間が非常に短いという条件に加えて、

  • 妊産婦
  • 乳幼児
  • 傷病者
  • 障がいのある方
  • 身体能力が低下した高齢者

上記のような避難行動要支援者(災害時要援護者)に当てはまる方にとっては、ベッドの横に設置した津波シェルターでさえ間に合わない可能性が高くなってきます(要因については本ページを各項目をご参照ください)。

となると、自宅を津波避難先としての条件を満たすか、津波襲来のリスクが低い地域への引っ越しが主な選択肢になるのではないかと思います。

自宅を津波避難先としての条件を満たすには?

これは別に「津波シェルターに住む」という訳ではなく、津波対策を考慮した設計と最新の耐震基準で建てられたマンションへの住替えを検討してはいかがでしょうか。

東日本大震災で多くの建物が津波の被害に遭いましたが、これらを教訓に建物の設計・施工へ活かす事ができていれば津波避難先としての適正が高まるはずです。

居住する階層については津波の被害想定と生活の利便性のバランスを取って決めていき、想定以上の津波が到達する可能性がでてきたら上記の建物『震災遺構 米沢商会ビル』の事例のように、上階へと避難先を変更していく事で安全を確保します。

マンション自体が津波避難タワーとして位置づけることで、津波到達時間が短くとも想定津波高であれば就寝中であっても避難完了状態にできます

賃貸であれば津波シェルターの新規購入よりもコストは抑えられ、自宅の耐震化や避難経路の整備といった追加工事も特に不要です。

マンションは停電や強い揺れによってエレベーターが利用不可能になる点は、避難行動要支援者にとって大きな負担になりますが、それは『生き延びた後の問題』として切り分けたほうが良いでしょう。

津波襲来のリスクが低い地域への引っ越しについては、なかなか決断は難しいかもしれませんが、津波被害が及びにくいエリアを探して『県内引っ越し』するのであれば、住み慣れた地域から離れすぎることなく減災につなげることが出来ます。

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