熊本地震では直接死より災害関連死が上回った
犠牲者の8割が災害関連死だった
熊本県が発表した熊本地震等に係る被害状況について(第319報)(※PDF)によれば熊本地震における犠牲者数は273名ですが、震災による直接死は50名、災害関連死は223名。犠牲者数のうち実に8割が地震発生時に命を落としたのではなく、避難生活中で亡くなっています。原因は様々で、疲労の蓄積、持病の悪化、エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症)などがありました。
そもそも災害関連死とは
今まで日本国内で法律上、災害による死亡は直接的なものだけ犠牲者数にカウントされていました。2019年に被災後のストレスや過労など災害における間接的な死亡について定義付けがなされ、市町村が設けた審査委員会によって災害関連死だと認定されると、遺族に災害弔慰金の支給が行われるようになっています。なお、重度の障害を受けた場合は災害障害見舞金の支給対象となっています。
熊本地震では、なぜ車中泊避難が選ばれたのか?
2016年に発生した熊本地震は、震度6~7と強い揺れが立て続けに発生して自宅避難が困難にしてしまう特徴がありました。耐震性のある住宅でも損傷する可能性が高い震度7は4月14日と4月16日の2度発生しています(気象庁 熊本地震の関連情報)。
同一地域で震度7を立て続けに発生するケースは1949年以降でも初めてであり(内閣府 熊本地震の概要)、さらに発災から1ヶ月経っても強い余震が続いた結果、大量の避難者の発生 & 避難生活の長期化を強いられました。
熊本県が実施した被災者へのアンケート(※PDF)でも全避難者の8割が「まだ余震が続くかも・・・」という不安から自宅避難は選ばず、自宅が無事で停電・断水に遭っていない避難者であっても、9割がやはり余震の不安を理由にあげていました。
自宅避難が難しくなった結果、被災者は指定された避難所であったり、テントや車などを用いた野営を選択することになります。
地域安全学会 石山 紘己氏が調査された『車中避難者の駐車場利用について熊本地震を事例として(※PDF)』では、熊本市中央区 興南会館跡地だけでも1200台もの車中避難者が発生した事が自治体・ボランティア団体へのヒアリングを通じて明らかになりました。
エコノミークラス症候群の危険性が高まってしまう
車避難は自宅よりも余震などの二次被害を防ぎやすく、避難所よりもプライバシーの確保がしやすい一方で、エコノミークラス症候群の発症を大きく高めてしまいます。
多くの車が寝泊まりを想定して設計されていないため、イスにずっと座った状態が続く環境は特に下半身の血行不良から血液が固まりやすくなります(血栓の発生)。
特に災害時には、水分補給をしたくても水の入手困難が続いたり、トイレの行く頻度を抑えたくて意図的に水分補給しないといった要因から血液の粘性が高まり、血栓ができやすい悪条件が重なりやすくなっています。
血栓ができても身体に強い痛みが出たり、わかりやすい症状が見られないため、エコノミークラス症候群の進行具合が自覚しにくいのも厄介なところです。
車で避難する前に知っておきたいポイント
自宅との生活環境の差を実感しておく
座り心地や寝心地みたいな事はまだわかりやすいですが、それ以前に車には家庭用の電力確保はもちろん、ガス、水道、トイレ、キッチン、ごみ処理、洗濯機・・・といった生活を支える設備がありません。
車内は夏は猛烈に暑く、冬は凍える
車も窓が多くて車外からの熱も伝わりやすい構造がほとんどです。住宅の壁には熱が伝わりにくい素材が部屋を囲むように入っているため、多少の暑さ・寒さには空調なしでも耐えられますが車はそれが出来ません。
車の窓はガラス1枚だけで外気にさらされるため、より気温の影響を強く受けます。このため、車中泊をする際には車が直射日光が当たらないように駐車場所を配慮したり、窓から熱気や冷気を抑えるような部材を貼り付けて対応していく必要があります。
お湯を沸かすのも一苦労
カセットコンロを用意しておけば心強いですが、車の中へ備蓄すると車内の室温が高まった場合に火災の原因になってしまいます。また、密閉された車内でコンロを使えば一酸化炭素中毒にも繋がったりと取り扱い自体も十分な注意が必要です。
夏場の気温上昇でカセットコンロの保管場所も課題ですが、逆に冬場だと気温が下がりすぎてカセットコンロが燃焼しにくくなる事もあります。LPガスのトップシェアの岩谷産業株式会社のWebサイトによれば、通常のカセットコンロのガスは外気温10度以上を想定して製造されています。
収納力不足からゴミもあふれやすい
食事後の後始末、汚れた服、身体を拭いたタオル、排泄物など様々なゴミが出てきます。自宅避難であればゴミの置き場所にそこまで困りませんが、車という限られた空間ではゴミがあふれやすく生活環境の悪化につながります。
特に臭気をともなうゴミは気力をそぐ要因にもなりますので、廃棄可能になるまでの保管方法、臭気を抑え込む製品の活用、ゴミ自体を出しにくくする工夫なども必要となってくるでしょう。
災害時は車中泊避難が長引くこともある
震度7を立て続けに観測した熊本地震では車中泊やテント泊が注目されましたが、前述でも紹介した熊本県が実施した被災者へのアンケート(※PDF)には避難期間にも触れられており、回答された全避難者のうち6割が避難期間が1週間以上となりました。
みなさんは車で1週間以上の寝泊まりされた事はあるでしょうか?
また、災害時は『避難生活は1週間以内』などと期限が決まっているわけではないので、ハザードマップなどをベースにお住まいのエリアの被害想定によっては車中泊の長期化に備えるほか、テント泊への切り替え、県外避難先の確認など複数の避難計画を視野に入れておく必要性が出てくるでしょう。
車中泊避難で災害関連死を防ぐには?
車で避難生活中の災害関連死を防ぐには、自宅での生活のように安全・安心できる空間が必要となります。車内の快適さを改善していくことも重要ですが、まずは身の安全を確保していくためにも災害時の車中泊トラブル防止に取り組んでいきましょう。
エコノミークラス症候群の予防に努める
エコノミークラス症候群の予防は筋トレのような激しい運動でなくても効果があります。災害時には入手が限られる局面もあると思いますが、水分補給で血液の流動性を改善することができます。
エコノミークラス症候群で原因となる血栓は主にふくらはぎの奥にある血管(ヒラメ筋静脈)でよく発生しており、医師による避難所検診でもエコーを使ってこの部位を確認することが多いです。
足の深部静脈は歩行やストレッチなど筋肉が何かしら動いてくれないと血管内部で血液がとどこおりやすい構造になりやすく、仮に血栓が出来ても痛みなど異常事態を自覚できない事が多い症状ですので、車中泊中は特に意識して予防を心がけることが大切です。
テント泊やエアーマットの導入も検討しておく
日本集団災害医学会誌『災害時の避難所における簡易ベッドの臨床的有用性』でもベッド使用前(床など雑魚寝状態)とベッド使用後とでは血栓発生率が有意に低下したことが報告されています。
新潟中越地震では車中泊が3連泊以上続いた被災者のうち約3割の方に血栓が発見されたことが新潟大学 榛沢和彦医師の調べでわかっております。避難生活が長引く際にはテント泊やエアーマット導入を検討しておくと良いでしょう。
最近の避難所ではダンボールベッドの導入が進められているところもありますが、まだ備蓄されていない地域もあれば、実際の災害時には避難所が満員でベッドどころではなくなっている事もあります。
テント泊のためにキャンプ用品を含めて一式用意するのはハードルが高いかもしれませんが、エアーマットなら収納スペースも大きくとらず便利です。
浸水被害を受けにくい場所で駐車する
車が浸水するとエンジンが停止するだけでなく、タイヤが水没すると車体が浮き(運転不能)流れがあれば流され、水深がドアの下端にかかると水圧によりドアを開けられなくなります。国土交通省の資料でも注意喚起がなされていますが、一般的な乗用車だと水深が20~30cm程度で吸気口やマフラーでエンジンが突然停止する場合があります。
道路状況の情報収集を定期的に行っておく
水は高いところから低い場所へ流れ込むという事を考えると、低地への避難は必然的に浸水被害に遭いやすくなります。ハザードマップを確認しておくと土地勘がなくても地図で色分けされるため、危険なエリアがわかりやすく便利です。
また、トヨタ自動車の『通れた道マップ』では直近24時間の通行実績をもとに道路状況の情報提供を行っています。道路状況については日本道路交通情報センター ハイウェイ交通情報などもあります。
災害時には情報を求めてWebサイトへアクセスが殺到してなかなか繋がらないこともあれば、そもそもインターネットに接続できない事もあります。インターネットの接続が必要ないパンフレットタイプのハザードマップやラジオがあると良いでしょう。
避難先に向けて複数の経路を確認しておく
山間部にありがちですが道路の整備状況によっては、大通りに出られる道が一本しか無いといった事があります。被災地からの退避できる経路が一本しかなければ、土砂崩れや冠水で通行止めになると車から降りての避難となったり、孤立化につながります。
実例でいくと2004年10月に発生した新潟県中越地震では道路が6,000箇所損壊、3,791箇所もの斜面崩壊が国土交通省の調査(※PDF)で判明し、特に山古志村では通信も途絶えて完全に孤立し、ほとんどの住民が取り残されてしまいました。
山間部でなくてもゲリラ豪雨のような災害なら川の増水によりあふれ、通行が出来なくなることは十分にあります。
複数の経路が確認できない場合は、それだけ孤立無援となるリスクが高いという事が明確ですので、早期の避難計画を立てたり、土砂災害や浸水被害に遭いにくい場所の確認を行っておきましょう。
車での避難生活は自治体が指定した避難場所ではないため、車中泊しようと駐車した場所が避難先として適しているかどうかはわからない事が実情です。
熊本地震以後は新型コロナウイルス感染症の拡大もあり、自治体側も避難計画に車中泊避難も盛り込む動きを見せていますが、ハザードマップに車中泊避難先まで反映しているような自治体はまだまだ少数だと思います。
夏場の被災に備えて熱中症対策を行う
総務省消防庁が発表した資料(※PDF)では熱中症による緊急搬送は2020年8月だけで43,060人となり、このうち入院レベルの中等症・重症の患者は4割以上にもなります。震災時のような社会的混乱がなくてもこれほどの被害が毎年のように出ています。
大きな地震が起きれば病院、消防署、自衛隊も災害医療に手一杯となり、熱中症の緊急搬送もより難しくなります。
車にはエアコンがついているとはいえ、燃料の兼ね合いもあって自宅のようには掛け続けることはできず、冷却手段や水分補給、経口補水液の用意など熱中症対策は必須となります。
JAFの検証によれば、夏場の炎天下ではエアコンをきってしまうと車内の室温はわずか15分程度で人体に危険な温度になります。特に小さなお子様がいるご家庭は熱中症事故にお気をつけください。
車中泊先の標高をあげて気温を下げる方法もある
標高が100m上がると気温は摂氏0.6度下がり、1,000mならば6度も下がります(参考:ファイントラック 体感気温差20度は当たり前。夏でも山が寒い理由)。
どこでも使える手段ではないですが、猛暑を逃れる一つの方法として二次災害の危険性が低い山間部を目指す方法もあります。山であれば都市部特有の熱気がないのはもちろん、川や木陰もあり、体感以上に涼しさがあります。
繰り返しとなりますが、被災地周辺の山だと土砂災害などに巻き込まれる危険性があります。被災地から近くても車中泊避難先の山間部が安全なのかどうか確認してから移動しましょう。
エンジンをかけっぱなしで睡眠は厳禁
夏場や冬場はついエンジンをかけて車内の冷暖房をつけがちですが、車外の排気ガスが滞留するような場所であったり、車のマフラーの状態によっては排気ガスに含まれる一酸化炭素が車内へ流入し、短時間でも死亡事故につながる恐れがあります。
下記はJAFがマフラー付近への降雪で排気ガスが滞留した場合、車内の一酸化炭素の濃度がどれくらいで変化していくか検証した動画です。
検証結果では車両周辺の環境によっては22分で一酸化炭素濃度は計測器の上限1,000ppmまで一気に高まり、もし人が車内に居た場合は3時間程度で致死レベルとなりました。雪でなくても、車庫や壁に囲まれたよう場所では空気の流れも悪くなり、同様の事故が起きやすくなります。
仮眠中はエンジンをきって車両火災を防ぐ
仮眠中にエンジンをかけっぱなしにすると、排気ガスの問題以外にも無意識のうちにアクセルを踏み込んでしまったり、マフラー付近にゴミがあたっていたり、車外の異常事態に気づきにくくなります。
無意識にアクセルが踏み込まれてしまうことでエンジンが高速回転をし続けてマフラー近辺が過熱し、車両火災が発生することがあります。消防庁の令和2年版 消防白書(※PDF)によれば、マフラー近辺での排気管によるものが車両火災の原因として全体の17.1%と最も多いトラブルだと報告されています。